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福岡高等裁判所 昭和47年(ネ)283号 判決

主文

一、本件控訴を棄却する。

二、控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は主文と同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述ならびに証拠の関係は、次のとおり附加するほか、原判決事実摘示と同一であるから、ここに、これを引用する(但し、原判決二枚目裏四行目冒頭に「契約」とあるを削り、同四枚目裏一〇行目に「占有を始め」とあるを「占有の始め」と改め、同五枚目表九行目に「本件土運船」とあるを削る)

(当事者双方の事実上の陳述)

一、控訴代理人の主張

控訴人の主張を次のとおり敷衍し、明確にする。

(一)  訴外湯浅金物株式会社(以下単に湯浅金物と略称する)と訴外中村海工株式会社(以下単に中村海工と略称する)間になされた本件土運船(原判決添付目録記載の土運船)等の売買契約の解除が効力を有しないことについて、

(イ) 右両者間には本件土運船等の売買契約の締結に際して使用貸借契約もなされ、機械割賦販売ならびに使用貸借契約公正証書が作成され、同証書第一五条には中村海工が自ら和議の申立をしたときは期限の利益を失う旨、同第一六条にはこの場合は何等催告をすることなく右売買および使用貸借契約を解除し、機械を湯浅金物に返還すべきことを請求することができる旨、同第一七条にはこの場合中村海工は湯浅金物に売買物件を返還しなければならないし、これを履行しなければ湯浅金物は自力救済によりこれを引揚げることができ、中村海工はそれを拒否できず損害の賠償も請求できない旨を各定めている。

(ロ) しかしながら右のような期限喪失約款、失権約款、自力救済取戻約款等中村海工にとつて苛刻な条件は売主たる湯浅金物の立場との比較において著しく衡平を欠き約款全部が有効とはみられない。特に自力救済取戻約款は法秩序を破壊するもので全く無効であり、たかだか期限喪失約款が問題となるだけである。

(ハ) ところで和議の申立をしたからといつて直ちに期限の利益を喪失するものではない(仮りに失権約款が有効としても同様である)。取引界においては特に変化がはげしいことは公知の事実であり、このことは売主においても当然予知しているところであり、さればこそ和議法が制定されたものである。したがつて中村海工が和議法により和議を申立てたからといつて期限を喪失し失権するとの約款は右法律の律意に反し無効である。本件では中村海工は和議法に基づく適法な保全決定をうけ支払を禁止されたので支払をしなかつたものであり、債務の不履行はない。その後右決定は取消されたのであるが、その間は少くとも同様である。

(ニ) 仮りにかかる約款が有効であるとしても湯浅金物、中村海工間の本件土運船等の前記契約の解除は権利の濫用として効力を有しない。すなわち右解除の時点においては売買代金の一割にも満たない債務が残つていたに過ぎないのに本件土運船は金九七一万円ないし金一一七四万余円の価値を有していたものであるから、前記解除は信義則、公平の原則にてらして権利の濫用であり、無効である。仮りに然らずとしても右解除は要素の錯誤により無効である。すなわち湯浅金物と中村海工間の右契約解除は合意解除の形をとつてはいるが、それは訴外丸嘉機械株式会社(以下単に丸嘉機械と略称する)と湯浅金物が昭和四四年七月二三日ごろ本件土運船を神戸港から明石港に持ち去り、その後船は保全のため持ち去つたもので将来悪くはしないという丸嘉機械の甘言にのせられて中村海工が湯浅金物との間の合意解除に応じたもので、解除の前提条件たる要素の錯誤により無効といわねばならない(なお、丸嘉機械は浚渫船二隻の売主である)。

(ホ) 以上を要するに売主である湯浅金物と買主である中村海工とは経済力において前者は大企業、後者は中小企業であり、その格差が甚だ大で強者が一方的に弱者に対し厳重な契約条項を示し、これに従わなければ土運船が買えない、いわゆる附合契約においては当事者の保護の衡平を図るためにも前記の如く解すべき筋合である。湯浅金物、中村海工間の右解除が効力を有しないとすれば、湯浅から丸嘉機械へ、丸嘉機械から被控訴人へと所有権が移転する筈はなく、被控訴人が本件土運船の所有権を取得するいわれはない。控訴人は中村海工に対し金六〇数万円の債権を有する。したがつて控訴人は中村海工に代位して湯浅金物、中村海工間の本件土運船売買契約解除の無効を主張するものである。

(二)  即時取得の主張について、

(イ) 被控訴人は本件差押当時本件土運船を占有しておらず、当時の占有者は中村海工であつた。湯浅金物、丸嘉機械はともに相謀り本件土運船を含む浚渫船団を中村海工の番頭富保松橘を引入れ一団となり神戸港第三突堤から明石港方面に回航させてそれを単に書類上湯浅金物から丸嘉機械に、丸嘉機械より被控訴人に売却し、被控訴人が大阪港に曳航したものである。右のような次第で元来湯浅金物も、丸嘉機械も本件土運船についての占有は有していなかつたものである。したがつてたとえ、被控訴人が丸嘉機械より本件土運船を買受けたとしても、もともと丸嘉機械に占有がない以上被控訴人が中村海工から本件土運船の占有を奪つたことになり民法第一九二条を適用する余地はない。書類の上では形式上適法に見えても、その実体は右のとおりであつて占有者はいぜん中村海工といわねばならない。

(ロ) 仮りに然らずとするも本件土運船は大阪市港区役所に固定資産として届出られている。被控訴人が本件土運船と同時に買受けた浚渫船は大阪府で打刻のうえ法務局に登記してあり、抵当権も設定されている(建設機械登記命令規則)。被控訴人は区役所も調査せず、湯浅金物より丸嘉機械への建設機械割賦売買契約書(甲第六号証)を軽信し且つ本件土運船が神戸製鋼所高砂工場岸壁に繋留してあつたこと、丸嘉機械が神戸製鋼所の代表的特約代理店であることなどのみでもつて買受けたもので、他に首肯すべき調査義務をつくしておらず、被控訴人の本件土運船の占有については過失がある。したがつて民法第一九二条の適用はない。

二、被控訴代理人の答弁

控訴人の法律上の見解はすべて争う。価格の点は否認する。控訴人主張の価額は割賦払による利息金を含むものである。なお、訴外丸嘉機械および被控訴人がそれぞれ本件土運船(動産)につき所有権を取得した事実は原審において主張したとおりである。

(証拠の関係)省略

理由

当裁判所、当審における新たな証拠調の結果を参酌しても、なお、被控訴人の本訴請求は正当であると判断する。その理由は、次のとおり附加するほか原判決理由に説明するとおりであるからここに、これを引用する。

(一)  訴外湯浅金物株式会社が訴外中村海工株式会社に対し本件土運船(原判決添付目録記載の土運船)ほか一隻の土運船を売渡すにつき機械割賦販売契約ならびに使用貸借契約を締結するとともに、その旨公正証書を作成したこと及び同公正証書には控訴人主張の如き期限喪失条項、無催告解除条項、取戻条項が定められていることは既に認定したとおりである(原判決理由二の(一)、(二)参照)。控訴人は右各契約条項は経済的弱者である買主の中村海工にとつて甚だ苛刻な条件であるから無効である旨縷々非難するが、経済力に強弱の差があれば売主が売買代金の支払確保手段を講じることが許されないという理はないし、期限喪失事由の一つに「債務者が自ら破産、和議開始あるいは会社更正手続の開始等の申立をしたとき」を掲げることも深く怪しむに足りない。なぜなら自ら右の各申立をなすこと自体買主が約定にしたがつた履行をなし得ないことを表明することにほかならず、売主としては売買契約の完全な履行は望み得べくもないといわねばならないからである。他方和議法は債務者に属しない財産に対する第三者の取戻権が和議開始によつて妨げられないことを規定している(同法第四条)から、その前提となる前叙の如き期限喪失条項をもつて和議法の律意に反し無効であるとすることもできない。また、取戻条項についても同様であつて折角、所有権を留保している割賦販売契約において取戻しが出来ないとなれば留保された所有権の実効を期し難いことは見易い道理といわねばならないし、これによつて生ずる精算の問題は別個に規定されていること成立に争のない甲第四号証(前記公正証書第一八条)に徴し明らかであるから、前記売買契約の各条項をもつて無効とし、湯浅金物のなした右契約の解除は効力を有しないとなすことはできない。のみならず成立に争のない乙第二一号証、原審証人素来保之の証言から真正に成立したものと認められる甲第五号証の二に原審における右証人及び証人中村敏義の各証言を総合すると、中村海工側では湯浅金物の契約解除の意思表示に対し、いろいろ思惑はあつたかも知れないが、中村海工の代表者自ら解約に異議なき旨の文書を交付して前記売買契約の合意解除に応じている事実が認められるのであるから、尚更のことといわねばならない。

(二)  次に、控訴人は仮りに前記売買契約条項が有効であり、これに基づく契約解除も適法であるとしても、本件土運船について買主である中村海工の残債務は売買代金の一割にもみたない金額であるのに、契約解除のうえ金九七一万円ないし金一一七四万円余の価値を有する本件土運船を取戻しているのであるから前記解除は信義則、公平の原則にてらして権利の濫用といわねばならず、無効である旨主張するが、右契約解除当時湯浅金物の売買代金残額は本件土運船を含む土運船二隻につき金三一八万五〇〇〇円に達しており、その価値は二隻で金三三〇万円程度のものであつたことは既に認定したとおりである(原判決理由二の(二)参照)。もつとも本件土運船の残存価値の点について成立に争のない乙第二号証によれば、控訴人主張の如き価額の記載がないわけではないが、これは定率法あるいは定額法により償却額を計算した場合の簿価であつて、前出素来証言にも云うごとく浚渫船とセツトされなければ意味のない土運船の中古価格として直ちに妥当するとは受取れないものである。したがつて前記権利濫用の主張もまた採用できない。

(三)  最後に、控訴人は前記契約解除は湯浅金物と中村海工間の合意解除の形をとつているが、これは訴外丸嘉機械株式会社が船を持ち去つた挙句に中村海工に対して船は他からの差押を免れるべく保全のために持ち去つたものであり、将来悪くはしないと甘言を弄して、その旨誤信させ、中村海工をして湯浅金物との合意解除に応じさせたものであるから、解除の前提たる要素の錯誤により無効である旨主張する。前出甲第四号証、第五号証の二、乙第二一号証に原審証人中村敏義、同高橋求、同素来保之の各証言を総合すると、昭和四四年七月当時中村海工は約三億七〇〇〇万円にのぼる負債をかかえて支払不能におち入り同月中旬大阪地裁へ和議の申出に及んだが、和議案の骨子は利息、損害金一切免除、元金については一年間据置き二年目以降一割ずつ一〇年間に支払うという内容であつたこと、申立後中村海工では代表者が当時三〇〇〇万円を越える債権者であつた丸嘉機械に割賦販売の方法で買受け使用中の浚渫船の使用を継続させて貰いたいと懇請に行つたが、確たる了承を得られなかつたところ、丸嘉機械は他の債権者から所有権留保中の右浚渫船を差押えされそうな気配を察して中村海工の富保専務の了承を得て浚渫船を取戻したこと、他方土運船の売主である湯浅金物の方は中村海工より和議申立以前に割賦支払の延期を懇請されており、これを拒絶していたものの事実上延期していたところに和議申立となつたことを知り、だまされたと判断して約定に従い土運船の取戻しを計つたところ、たまたま、その土運船が前記丸嘉機械の浚渫船と船団を組んでいたことから両社は同一歩調をとつて浚渫船と一緒に土運船も取戻したこと、両社とくに丸嘉機械が中心になるが、中村海工の使用継続の懇請に対しては条件次第ということで応じ、前記の如き売買契約の約定に従つて契約の解除に応ずるように中村海工を説得して合意解除に応ずる旨の一札をとつたこと、そして使用継続の条件として債権確保のため確実な保証人をたてるように名指したが(公正証書第一六条但書)、既に和議申立のなされている段階で保証に応ずるものはなかつたので、第二会社設立の案を条件として提示したところ、これは中村海工の代表者において応ずるところとならず、物別れに終つたことは認められ、他に以上の認定を左右するに足りる資料はない。上記認定の事実からすれば合意解除に応じた中村海工側には支払延期をしつつ浚渫船等の使用を継続させて貰いたいという思惑があつたものが、思惑どおりに事が運ばなかつたというに過ぎないもので、もともと売買契約の約定からすれば右の如き経過を辿ることは容易に予想し得べき筋合のものといわねばならず、自己の有利に事が運ばなかつた一事をもつて交渉の際の片言隻句を促えて要素の錯誤ありとするのは当を得ないものというほかはない。したがつてこの点の主張も、また、失当たるに帰する。

(四)  以上の次第で当審における控訴人の主張はすべて採用できずそのほか当審に顕われた全証拠を仔細に検討しても冒頭記載の判断を左右するに足りない。したがつて、その余の争点について言及するまでもなく被控訴人の本訴請求は正当である。

よつて右と同旨の原判決は相当であり、本件控訴は理由がないから、民事訴訟法第三八四条に則り、これを棄却すべく、控訴費用の負担につき同法第九五条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

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